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勝海舟の交渉術〜武力あってこその対話〜

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昨今、北朝鮮の核開発問題が話題ですよね。

 

現在、世界各国が北朝鮮に対して制裁を強めています。

 

アメリカは武力制裁も辞さない構えです。

 

日本も基本的にはアメリカに追従していますが、日本国内では「武力ではなくて対話しろ」という声もあります。

 

「武力ではなく対話」というのは非常におかしな言葉です。

 

それを言うなら、「武力あってこその対話」です。

 

今回は幕末の事例から「武力あってこその対話」ということを学んでいきましょう。

 

1.幕末の状況

 

江戸幕府戊辰戦争によって滅びました。

 

ただ、新政府によって武力で滅ぼされたわけではなく、対話で平和的に滅びました。

 

いわゆる江戸城無血開城です。

 

ここで勘違いしがちなのは、幕府が弱かったと思いがちなんですよね。

 

ところがそうではありません。

 

江戸幕府は新政府の倍ぐらいの数の軍艦を持っており、また、オランダに造らせた開陽丸という巨大な軍艦も持っていたのです。

 

東北には佐幕派の諸藩も控えています。

 

人材も優秀な人が揃っています。

 

つまり、もし戦っていたとしても良い勝負ができるくらいの戦力はあったのです。

 

2.武力を背景とした対話

 

さて、新政府軍との交渉担当となった勝海舟は、まず駿府にいる西郷隆盛のもとに、山岡鉄舟を派遣します。

 

ここで予備交渉が為されたのち、勝海舟と新政府の西郷隆盛が江戸で会い、江戸城無血開城が決まりました。

 

無血で革命が成し遂げられたのです。

 

ただ、この場ではおそらく武力をちらつかせた交渉が行われたことでしょう。

 

交渉というのはそういうものです。

 

「幕府側は東海道を進んでくる新政府軍を海側から撃つことができる」

 

東海道には箱根の山と相模湾に挟まれた狭い場所がありますから、ここで海側から砲撃されると新政府軍はなすすべなく壊滅です。

 

「江戸の街を自分たちで燃やすこともできる」

 

新政府側としても江戸のインフラをそのまま活用したいですし、後ろ盾となっているイギリスが江戸が燃えることを嫌いました。

 

イギリスとしては日本との貿易で儲けられればよく、商売に影響が出るようなことはしてほしくなかったのです。

 

こういったことを見越しての勝海舟の交渉、さすがです。

 

開陽丸という武力、江戸を燃やす実行部隊、これらが江戸幕府側にもまだ存在していたからこそ、江戸城総攻撃という戦争は避けることができたのです。